オーベルが路線を教えてくれたのは一度きりで、西から東へ、窓を全開にした地区のトラックだった。用水路は四十一マイル。取水門が十一、九マイル地点に落差工、一マイルおきに量水標が立つ。彼は道中ずっと水の話をした。渇水の年、役員の甥のアルファルファが誰より先に水をもらうこと。風のあと、土砂がどこに溜まるか。事務所へかける電話を妻より先にしてくる地主の名前。私は給油の領収書の裏にメモを取った。
九番ゲートで、彼は黙った。
ホルランの土地だ。低地の畑、百十エーカー。卓のように平らで、洪水の年からずっとカラシナとヨモギに任せきり。発注はなく、畑は空だった。オーベルは降りて、ハンドルを両手で持ち、ゲートを四分の一回し開けた。水は庭のホースより細く入っていった。
「夕暮れに四分の一回し。夜明け前に閉めとけ。帳面には書くな」
私は理由を訊いた。
彼は、天秤が釣り合うのを待つ目で水を見ていた。「この地区は、この畑に借りがある」
七月、私は一人で路線を回り、言われたとおりにした。二十三歳で、三十一年勤めた男から路線を受け継いだら、そういうものだ。四分の一回しは、私の夜の仕事でいちばん小さなものだった。量水標を記入し、取水口のスクリーンに溜まるゴミを除け、シャベルでネズミの穴を追う。九番ゲートはホース細の水を飲み、空が白む前に閉めた。夏は、その順で過ぎていった。
それから監査官が来た。
州から来たフェンという男で、膝にクリップボードを乗せて私の夜に同行した。ゲートは発注票と、票は帳面と、そのつど照合する。彼は丁寧な男だった。ただ、九月に私の名前がトラックの扉に描かれるかどうかは、彼の報告書次第だった。そして、発注の裏付けのない休耕田に流れる地区の水は、読まれ方が一つしかない。
九番ゲートに錠をかけ、私はこう記入した。
21:40 九番ゲート点検 閉鎖 — D.R.
フェンは終業時に帳面に略署して「例外なし」と書いた。私は彼をモーテルまで送り、よく眠った。
翌夜、九マイル地点の用水路は一フィート上がっていた。水面は平坦で、ゴミも流れもない。上流では放流していない。ダムの当番に電話すると、笑われた。誰も押しちゃいない、今夜この谷で動いている水はあんただけだ、と。
九番ゲートを見た。錠はかかったまま、ハンドルは下ろされたまま。そしてゲートの先、二百ヤードの乾いた地面の向こうで、ホルランの畑の低い端に、トラックほどの幅の濡れた帯が走っていた。
水が運んできたもの
二夜目、私は落差工の上に立って、水位が下がるのを待った。朝の二時までに、もう一手の幅だけ上がった。量水標は、ゆっくりした脈を打っていた。風の波も流れもなく、あるべき高さより高い水が、ただそこに立っていた。
夜明け前に、何かが流れてきた。女物のゴム長靴。かかとを上にして、あの浮き方で。スクリーンで掬って土手に置くと、中にはきれいな用水の水が入っていて、他には何もなかった。畑の濡れた帯は、畦を一本、登っていた。
三夜目は椅子の脚だった。旋盤細工のオークで、虫に食われ、上は薪のように乾いていたが、下の地面には何年も濡れていた染みが残っていた。四夜目、水はランプ油と濡れた穀物の匂いを運んできた。用水の水が持っていい匂いではなかった。畑の低い端は、くるぶしまで水に立っていた。畝になって。誰かのトラクターが引いて、それきり誰も播いていない畝になって。
昼休みに、水準測量をした。用水路は標高二一二。ホルランの畑は二二三。畑の水は、用水路から畑へ、四百メートルを登っていた。帳簿付けのように、辛抱強く。
私は帳面に、何も書かなくなった。
常時発注
地区の古い発注票は、金庫の緑の箱に入っている。一九四八年まで戻れる。路線の帳簿を照合したいと事務所に言うと通してもらえて、二十分で見つかった。日付のない票は、その一枚だけだった。
ホルラン・S 西北四半区 第十四区 常時発注 上限なし 取り消し不可 — 支配人 R.ヴァスケス 1965
六五年の春、ヴァスケスが地区を仕切っていた。水は予報より速く来て、経営側は、堤防道路を失うか下流四十区画を水没させるかを選ばされ、ホルランの低地の門を全部開けた。ドアは、叩かれていない。どこにも書いていない話で、古参の作業員がコーヒーを飲みながら、ドアを閉めて話す類のものだ。水が来たとき、家族は家畜を移していた。息子は、十四だった。
土曜に、オーベルの家へ行った。今はトマトを作っている。私は縁側で話し、長靴のところまで来ると、彼は降る雨を予報していた男のように頷いた。
「畝は、どこまで」
くるぶし。十一本。
「なら、あと十一夜だな」。彼はいちばん近い株から葉を一枚もぎ、裏返した。「畑は家をばらし始める。ポーチが落ち、屋根が落ちる。農場のものを全部送り終えたら、いちばん近い建ってる家へ来る。そこでも、ノックはなしだ」
私は訊いた。四分の一回しとは、何か。
「利子だ」。彼は、長いこと担ってきた言葉を置くように言った。「その畑には、洪水丸ごと一分の貸しがついてる。洪水は、誰にも払えん。毎晩ほんの少し利子を払って、元金を眠らせておくことしかできない」。それから、記録に残さない声で。「三十一年、私の路線だった。神に許しを乞うとすれば、書類を抜いて次の者に渡したことだ」
全開
規則では、技師の発注なしにゲートを半分以上開けてはならない。金庫の票は、上限なしだ。票のほうが古いと、私は判断した。
夕暮れ、九番ゲートを全開にして、その場を動かなかった。それも手順違反だった。水を取っている畑の中に、立つ者はいない。けれど自分の怠けの十一夜をあの地面に記帳したのは私で、水には、借りのある側の顔を見せておくべきだと思ったのだ。
一時間で、くるぶしを超えた。真夜中には、腿まで。波はなく、音も、畝に水が滑り込むいつもの音しかなく、暗闇の中で千の小さな喉が飲んで、水位は利子のように上がった。私は畑の真ん中、昔の果樹の丘——あそこでいちばん高い地面——に立って、黒い水がトラクターの引いた畝を一本一本見つけて、縁まで満たしていくのを見ていた。
縁で、止まった。
全部の畝だった。百十エーカーの水が、月の下、計って満たした升のように水平に立ち、借りていない地面には一インチもこぼれなかった。翌日の正午までに、畑は全部飲み干した。最後の畝まで。そしてカラシナは、ここ数年でいちばんまっすぐ立っていた。それには説明がなく、私は探してもいない。
フェンの報告書は、例外なしで通った。九月、私の名前はトラックの扉に描かれた。今は別の扉にあって、下に「地区支配人」と刷ってある。
おととしの夏、引継ぎの話をした。給油の領収書の裏と、いい手を持った若い奴に。九マイル、量水標、渇水の年に先にもらう役員の甥。九番ゲートで、私は黙った。
夕暮れに四分の一回し。夜明け前に閉める。帳面には、書かない。