物置の点検口
コーキングを打ち直したのは、借り換えをした2019年のことだ。物置の床、点検口の蓋の縁に沿って白いビーズが一本走っていて、この家にいる自分より長持ちするだろうと思った。三月には縁がまた開いていた。指一本ぶん。火曜日の朝、コーヒーを持ってそこに立ち、これは不同沈下だと決めた。築五十年のニュータウン、粘土質の土地だ。ここにあるものは皆、少しずつ動く。
大輝が出て行ったのは十月だった。二十六歳。春に倉庫の契約を更新されず、秋には探すふりもやれていた。私が間違えた。「計画を書いてみろ。ちゃんとした、紙に書く計画を」——会議で言うようなことを、息子に言った。ボストンバッグを四回詰め直して、持ち出した。車は置いていった。パンクしたまま置いて、私が後始末した。佐知子は六日間、口を利かなかった。沈黙が明けると、売却の算段が前に出てきた。1998年に入れてくれると約束された企業年金が、誰かがでっち上げた数字だと分かったからだ。値上がりした持ち物は、この家しかなかった。
佐知子は歯科医院の受付をしている。七時四十分には出て、六時を過ぎて戻る。その冬、家と二人きりでいた。あれこれ忠告してくれる人はいる。グラタンが最初だった。半分、左側だけ。アルミホイルが手術のようにきれいに折り返されていた。次はいい食パン。四食分に分けた肉じゃがは、月曜から水曜のあいだに消えた。鍋は洗ってあって、水切りにかけてあった。
アライグマは皿を洗わない。
自分に言い聞かせた。佐知子が夜中に食べているのだと。ストレスか、恥ずかしさか。食べやすいところに出しておいても、なくなる。そして一度だけ——書き残す意味は誤魔化さないことにあるから、正直に書くが——試すみたいに、賭けるみたいに、わざと皿を出して寝た。朝には空になっていて、シンクにあった。
カメラが撮っていたもの
カメラは2021年、配達の荷物が消えるようになった頃に買った。開封しないままだった。物置の梯子の上で老眼鏡をかけ、点検口の蓋に向けて、二十分かけて据えた。獣の足でも手でも、ここを通るはずだった。
三晩、何も映らなかった。蛾が一匹。給湯器の音。
四晩目の二時五十一分、床が開いて、息子が出てきた。
痩せていた。動き方が変わっていた。膝から、低く——自分に教え込んだ動き方だ。台所で、パイプが鳴らない程度に蛇口を開けて水を飲んだ。九歳の頃と同じ位置に、同じ頭の傾きで立っていた。それから戻っていった。床が閉じた。蓋があまりにきれいに嵌まったので、明け方にヘラを持って下りて、蝶番でも付いているのか確かめた。
物置の下、勝手口側に空洞がある。図面は見た。図面にはない。奥行き六尺ほどで、風呂場の下まで続いている。外からは分からない。こちらからは、蓋があるだけだ。
私がしなかったことを書く。
警察には連絡しなかった。すべきだったと言う人ほど、自分の椅子に座って言っている。息子だ。二十六歳。二十年このテーブルで飯を食ってきた人間が、自分の家の——私たちの床下にいるというだけで、見知らぬ誰かに引きずり出される。四月に佐知子の姉が「大輝くんから連絡ある?」と聞き、佐知子は「あれば言うわ」と答えた。私は台所を出た。
佐知子には言わなかった。浅い眠りを一週間つなぎながら、理屈をこしらえた。血圧。売却。インスペクション。それに、この人が何をまっすぐ見られないかを、四十年かけて私は知っているという事実。一番はこうだ。口にした瞬間、これは息子に「私たちがしたこと」になる。「私たちが忙しくしているあいだに起きたこと」ではなく。
食べ残しは出しておいた。それはした。
レシートの束
インスペクターは五月の第二週に来た。若くて丁寧で、すべての床に膝をついて回った。物置で点検口の縁を長く撫で、「この蓋、使用跡がありますね」と言った。蓋じゃない。秘密のある床だ。私は金物屋の返品窓口で使う声で「結露です」と言い、彼は結露と書いた。
その夜、カメラが取りこぼした映像を探して、小物引き出しのレシートの束を見つけた。佐知子は六月に税金を一括で片付ける人で、輪ゴムで束ねてある。二月、オレンジの缶ジュース、四パック。三月、同じ缶と、私が買う食パンと、2009年以降この家の誰も飲んでいない、粉を溶かす駄菓子ソーダ。四月にもあった。水虫の薬。毎年三月に風邪をひくやつの、あのビタミン剤。
二月から。息子が出たのは十月だ。五か月分のレシート。つまり彼女は知っていた。カメラより前、グラタンより前。私が手にする前から、全部を持っていた。
台所にいた。私はレシートを持って戸口に立ち、彼女は私を見て、それから引き出しを見て、閉めることを決めた。人が決める瞬間は、見ていれば分かる。「肉じゃが、食べた?」と言った。「少し」と私は言った。
それが会話の全部だった。これが全部で、私たちはすべてを聞いた。
うちの食料は、この頃から二種類になった。私たちの分と、皿。どちらも、もう一方が見ている前では出さなかった。六月、佐知子は26センチの靴下を買って乾燥機の上に置いた。彼女が眠れない夜に空回しする乾燥機が、その夜も回り、朝には靴下はなかった。内見の評判は上々だった。不動産屋がそう言った。希望額を超える申し込みが入った。
決済
年金の計算に面白いところはないが、最終的だ。あの床下から大輝を引き出すことは、いつでもできた。——この文を、私はずっと避けて歩いてきた。だからここに立って書く。私たちは話し合いよりも決済日を選んだ。話し合いには、この家の誰かが知られたままで生き延びる筋を一本もなかったからだ。死ぬのではない。知られたままでいることが、誰にも無理だった。
最後の夜。家は空で、家具はアパートへ向かうトラックの上にあった。エアマットに寝て、夜半に音がした。こもった音ではない。開けっぴろげの音。床下の長さを歩き、それから空になった寝室の外の廊下を、ゆっくり。所有者が柵を点検するみたいに。佐知子は隣で起きていた。二人で横になった。どちらも名前を口にしなかった。彼は戸口まで来なかった。空が白くなるまで、床は静かにならなかった。
告知書は、はいかいいえを求めてきた。
- 本物件について告知すべき事実(雨漏り、シロアリの害、構造耐力上主要な部分の欠陥、その他)はありますか。
いいえ。
私が署名した。佐知子が署名した。押印、提出、入金。買主には小さい女の子がいて、窓の外に木の見える部屋を欲しがった。空洞に面した壁の、あの部屋だ。この辺は静かですよ、と私は言った。本当だった。骨のある家ですよね、と彼らは言った。それも本当だった。どの言葉も、指一本ぶんのコーキングだった。
正月、佐知子は雑煮を三つよそった。立ちながら姉の犬の話をして、手が勝手に動いていた。ふいに手が止まったのが見えた。一つを黙って戸棚へ戻しても、話は途切れなかった。
誰も何も言わなかった。私は雑煮の具を数えた。二つ分を、法事の席で食べることだけに決めた人間みたいに、食べた。